スラムダンク映画THE FIRST感想「主人公:宮城と見つめ直すあの頃」

まとめ
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2022年12月3日に公開した映画、THE FIRST SLAM DUNK。

1996年に原作が終了して以来、26年ぶりにスラムダンクが帰って来るということで、スラムダンクファンは喜びで打ち震えていたことでしょう。

告知がされてからというもの、ネット上では「漫画で取り上げた試合のリメイクか?」「新しい試合か?」「オリジナルストーリーか?」と憶測が絶えず、令和にスラムダンクの世界に戻れるという奇跡をファンは噛み締めているようでした。

僕もスラムダンクファンの1人として、THE FIRST SLAM DUNK(以下、THE FIRST)を映画館で観てきました。

周囲のレビューも好評であり期待していたのですが、正直なところ、僕の知っているスラムダンクではなかったような、どこかモヤモヤするような印象を受けてしまいました。

山王戦の前半などの、「漫画では描かれなかった試合を映画で上映するのか?」といった期待も虚しく、漫画で何度も読み返した山王戦の後半を、綺麗な映像で見返しただけで肩透かしを食らいました。

しかし、後述しますが僕は根本的に思い違いをしており、THE FIRSTは素晴らしい名作でした。

僕のモヤモヤは何だったのか、THE FIRSTに納得いかなかった点を最初に紹介します。

以下、ネタバレばかりですので、まだ映画を見ていない方はご注意ください。

つまらないと思った理由

1.暗すぎる世界観

スラムダンクは、元々作中のヒロインである晴子が主人公桜木に対して、「バスケットは、お好きですか?」と問いかけるところから物語は動き出します。

桜木は晴子に一目惚れをし、晴子に好かれるためだけに「バスケットが好きです」と言い、バスケを始めます。

桜木は徐々に本当にバスケが好きになっていくものの、元はと言えば”晴子に好かれるため”という、分かりやすく面白い、少年漫画らしい理由でバスケを始めており、原作の物語はコメディータッチで進行します。

しかし、THE FIRSTではギャグシーンはあまりなく、重苦しく真剣なシーンばかりでした。

2.結局は山王戦の後半

まだ見たことのない、原作にはない試合を描いてくれると期待していた分、山王戦の後半を映画化したのは残念でした。

原作が終了してから26年です。スラムダンクファンは、何度も山王戦を読み返したと思います。

ファンが見ると同じ話なので展開が予想できてしまうため、楽しみ方が見出せないのではないかと思いました。

3.宮城がアメリカにいる

映画は最後、沢北と宮城がアメリカでマッチアップする直前のシーンで幕を閉じます。

沢北のライバルと言えば、湘北が誇る天才ルーキー:流川です。
せめて、流川とマッチアップするならまだしも、アメリカの地で、沢北とはゆかりもない宮城が勝負するというのは、原作ファンからすると違和感しかありませんでした。

映画で宮城を主人公にした流れで、無理やりアメリカに連れて行ったのでしょうか。

なぜ急に宮城がアメリカなのでしょう。
「バスケットの国アメリカの空気を吸うだけで、高く飛べると思ってたのかなぁ。」by 谷沢

いや違う…僕は何も分かっていなかった

以上3点が、THE FIRSTがつまらないと思ってしまった主な理由です。

しかし、周囲の評価は上々。

僕以外に、THE FIRSTが期待外れだったと言っている人は周囲にいませんでした。

確かに、映像と迫力は素晴らしかったと思います。

アニメの詳しい技術は分かりませんが、まるで実際のプレーヤーが動いているようであり、純粋にバスケの1試合としても楽しめました。

ただ、僕達がスラムダンクに求めているのは映像の綺麗さや音声技術ではなく、もっと根源的で深い”何か”です。

「日本が誇る、人生の道徳の教科書ことスラムダンクの魅力が、映画では感じられなかったのではないか」

そう思っていましたが、映画を鑑賞後、何日経っても僕のモヤモヤは消えません。

「なぜこんなにも暗いんだ?」「なぜ山王戦なんだ?」「なぜ宮城がアメリカにいなきゃだめなのか?」

脳裏に付きまとっては離れない上記三つの疑問に対し、自分なりに思考を巡らせた結果、気付きました。

「僕の理解が浅過ぎたのだ」と。

THE FIRSTは26年ぶりに帰ってきたスラムダンクとして相応しい名作であり、何度も劇場に足を運ぶ価値のある、正真正銘のスラムダンクです。

僕達は、スラムダンクと再会できたのです。

上記で挙げた僕の違和感がそのままTHE FIRSTの魅力であり、3つのポイントから感想を述べ直します。

1.主人公:宮城であるという意味

スラムダンク=ギャグ要素強め

という図式は、あくまで”主人公が桜木である”という前提です。

物語というのは、視点がどこにあるのかにより全く異なる作品になります。

例えば、ドラえもんの主人公がもしジャイアンだったらどうでしょう。

少しでものび太にちょっかいを出すと、すぐにドラえもんが22世紀の秘密道具というオーバーテクノロジーを駆使して、何十倍もの痛みをジャイアンに返します。

主人公ジャイアンがのび太を少しからかっただけで常に痛めつけられる、悲劇の主人公による暗い物語になるのではないでしょうか。

原作での主人公:桜木は、素人の天才として描かれています。

数ヶ月で湘北バスケ部の先輩をごぼう抜きし、みるみる上達します。

才能を発揮している天才の目線で物語が進むわけですから、作中の雰囲気は基本的に上機嫌で明るく、笑えるシーンが多くなるのも納得でしょう。

しかし、THE FIRSTの主人公:宮城は天才ではなく、才能は確実に兄の方が優っていました。

その上、宮城は幼い頃に父と兄を亡くし、バスケが上手かった兄と自分を常に比べ劣等感を感じては、影を抱えたまま生活していました。母親は口数が少なく、宮城との関係性もあまり良好ではなさそうです。

原作では生意気でチャラくて挑戦的な脇役として登場した宮城でしたが、それはただの虚勢であり、実際は今にも崩れてしまいそうなか細い存在だったのです。

母親に心配をかけさせないためだったのか、亡くした兄の穴を埋めようと、強気な人間を演じていたのかもしれません。

前述の通り原作では、つまり桜木の目線からは、宮城は勝ち気な人間として映っています。

しかし、本当は三井達との喧嘩をする前に怖さで震える人間であり、兄の後ろ姿ばかりを追う弟であり、母親からの愛を求めている息子だったのです。

原作で、赤木を冷めた目で見るバスケ部員が、「湘北は普通の人が集まる公立高校」と自嘲気味に話します。

宮城はその普通を装いながら、極めて理不尽な現実を生き抜いている生身の人間で、宮城が主人公になったスラムダンクの世界が”暗い”のは、当たり前すぎることだと思います。

自責の念が強いのは三井も同じですが、三井には美化する過去があり、過去に寄りかかることもできるかもしれません。

一方で、宮城はあまりに辛すぎる過去を背負って生きており、”今”成長して輝かなくては、”今”が消えてしまいそうです。

原作では過去編が描かれず、ついつい表層的なイメージだけに捉われてしまいがちな宮城でしたが、THE FIRSTにより本当の意味で宮城という人間を知ることができるのです。

桜木の目線を通じて明るくポップだと思っていた世界が、宮城を主人公にし物語を見つめ直すことによって空気が一変してしまう事実こそ、宮城が1番伝えたかったことかもしれません

2.山王戦は宮城の転換点

原作において、宮城はバスケット選手なのに背が低く、ある種ハンディキャップを抱えてプレーする選手です。桜木、流川のような、恵まれた体型を持つわけではありません。

体格で勝てない分、スピード、ドリブル、パスと「ここだけは勝てる」という局地戦で戦うプレースタイルでした。

ただでさえ不利な条件でバスケをしているのにも関わらず、県予選では藤真、牧といった全国レベルのPGとのマッチアップ。山王戦では全国トップのPG:深津とマッチアップするというように、格上との対戦が続きます。

そのため、湘北の他のスタメンとは異なり相手を圧倒することはなく、名脇役としてチームメイトを輝かせ、チームの黒子に徹しているキャラクターでした。

しかし、原作で同じ神奈川代表の牧からも評されているように、宮城は山王戦でPGとして大きく成長しました。

山王戦で不甲斐ないチームメイトに、「流れは自分たちでもってくるもんだろがよ!!」と叫ぶシーンからは、リーダーとしての資質が芽生え始めていると読み取れます。

山王戦の宮城からは脇役ではなく、「自分が引っ張るんだ」というようなキャプテンとしての宮城を感じます。

さらに、山王の伝家の宝刀ゾーンプレスすらも、宮城のスペシャルであるスピードとドリブルにより個で打開しており、言葉だけではなくプレーでもチームを牽引していました。

また、同じ山王戦と言えど原作には無かったシーンがTHE FIRSTでは散りばめられており、映画オリジナルのシーンは全てが重要なシーンになっています。

例えば山王戦終盤、円陣を組んで最後の力を振り絞るシーンでは、実は赤木ではなく宮城が仕切っていたことが明らかになりました。

桜木のブザービートも宮城は影のアシストをしており、赤木に対して宮城が目線で流川にパスを出すよう促していました。

このように、次期キャプテン宮城がチームを主体的に動かし、勝利に導いたことが再確認されました。

宮城にとって何かが吹っ切れたような転換点となる試合は山王戦を除いて他になく、宮城を主人公にする以上、山王戦後半を描き直すのはこれ以上ない選択だったと感じました。

余談ですが山王戦前夜、宮城が想いを寄せるマネージャー彩子から励まされるシーンがあります。シーン自体は原作通りですが、宮城が彩子に魅了されてはいるものの、原作よりも落ち着いて彩子と接しているように見えました(あくまで印象です)。

考えてみると彩子の原作での立ち位置は独特であり、何を考えているのか個人的な心情を述べることはありません。宮城のことが好きなのかも当然分からず、人間性の分からなさは宮城と共通しています。

彩子はあくまでプレーヤーを輝かせるマネージャーとして黒子に徹しており、赤木キャプテンの妹というだけで前に出続ける晴子と比較するとなお、大人な女性に思えます。

幼少期から色々な経験し実は大人な宮城は、自分と同じようにあえて脇役を演じる彩子に共感し、恋心を抱いていたのかもしれません。

3.宮城と沢北の対比

THE FIRSTオリジナルのシーンで、宮城と流川が試合前の夜に会話するシーンがあります。

宮城が沢北のポスターを指しながら、「こいつ、俺と同じ2年だってよ」と言い、「日本一の沢北が悔しがる姿を見たい」と流川に語ります。

なんとこれが宮城と流川の初めての会話だと強調されており、シーンの重要度が伺えます。

原作では沢北をライバル視しているのは流川だと思っていましたが、THE FIRSTの宮城の発言からは宮城も沢北を意識していることが明らかになります。

沢北と宮城は、まるで対局の人生を歩んできた選手です。

沢北は幼少期から庭にバスケゴールがある家に住み、家族仲も良く、毎日父親からバスケの英才教育を受け恵まれた環境で育ちます。

宮城は前述の通りとてもバスケだけに集中できる家庭環境ではなく、現実を生きるのに必死であり、自分が崩壊するのを防ぐためにバスケをしているようです。

宮城が沢北のことを、「バスケのことだけを考えて生きてきたんだろうな」と評するのは沢北への嫉妬を通り越し、不平等で不条理な世の中に対する静かな憤りともとれます。

つまり、宮城と沢北は”あまりに異なる”という点でつながっており、宮城が意識する競争相手は沢北以外にいないのではないでしょうか。

天と地ほど異なる環境で生まれ育った2人が、高校のチームを離れた後にアメリカの地で相見え、同じPGでマッチアップ。ライバル同士として必要な展開であり、宮城が沢北の位置まで登ってきたことには安堵に近い喜びを感じます。

ノンフィクションを生きる僕達に、宮城は可能性を示してくれているのです。

宮城と沢北は、一体どちらが勝ったのでしょうか。

原作でヤスは、大柄なPGが宮城とマッチアップするのを見てこう言いました。

「183cmか。あいつはたぶん高校でコンバートされたPGだ。小学校からPGのリョータに平面の勝負で勝てるわけがない!!」

色々な予想があると思いますが、アメリカに来てからPGにコンバートされたであろう沢北が、宮城に勝てるわけがないと信じています。

宮城にとってのバスケ

以上が、スラムダンクの映画THE FIRSTを見て、改めて考え直した僕の感想です。

桜木を主人公に据えるのではなく、辛く悲しい過去を背負っている宮城を主人公とすることで、スラムダンクの世界を重層的に見つめ直す今作品はやはりスラムダンクそのものでした。

THE FIRSTは映像・音楽でも評価されていると思いますが、スラムダンクは物語全体が何にも置き換えられない社会を照らす哲学であり、その魅力は26年前から不変だったのではないでしょうか。

宮城はインターハイに向かう直前、母親に手紙を書いていました。

「生きているのが俺ですみません」

そう紙に書き、結局は書いた紙を丸めて捨てるシーンからは、兄への憧れ、兄になれない自分への情けなさ、母親への歪んだ親孝行の在り方と、原作の宮城からは想像もつかないほど暗く、もがき苦しむ姿がありました。

宮城にとってバスケの上達、それはバスケが上手かった兄に追いつくことであり、すなわち母親を安心させることを意味していたのかもしれません。

インターハイから帰国後、宮城と母親はビーチで会話をします。

母親は、「山王工業はどんなチームだった?」と聞きます。
宮城は一言、「強かった」と返します。

なぜ母親は、「山王」のことについて聞いたのでしょうか。

湘北はインターハイ3回戦、愛和学院と対戦し敗退します。

つまり、湘北にとっては愛和学院が最後の相手であり、インターハイ終了後に聞くのであれば「愛和学院はどんなチームだった?」の方が、より自然ではないかと思います。

しかし母親は、「山王」について尋ねました。

前述の通り、山王戦は宮城が湘北に入ってから最も成長が感じられる試合です。
その活躍した山王戦の試合についての感想をあえて聞くことで、バスケット選手としての宮城を、そして次男としての宮城を認めていることを、母親は示したかったのかもしれません。

王者山王を倒し、アメリカに渡り沢北と堂々マッチアップしている今、既に宮城は十分に兄を超えたと言えるのではないでしょうか。

これからは兄に追いつくためや、母を安心させるための”手段”としてバスケをプレーするのではなく、宮城というバスケットマンだけのために、プレーして欲しいと思うのです。

インターハイ後に新しく入部してきたマネージャーが宮城にこう聞いたら、彼は何と答えるのでしょうか。

「バスケットは、お好きですか?」

沖縄でただただ楽しく、兄と1on1をしていた日々。宮城にとっての”THE FIRST”に立ち返る時を願っています。

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