ダンジョン飯は2014年から連載が始まった、九井諒子さんの作品です。
2023年に最終回を迎えましたが、2024年1月からはアニメ化がされており、これからより人気になる作品だと思います。
ダンジョン飯を漫画で読み終え、その感想と考察をまとめました。
※この記事はネタバレを含みます。
もしRPGに空腹が存在したら
ダンジョン飯は、ドラゴンクエストのようなRPGの世界を舞台にしています。
RPG作品の代表であるドラクエでは、HP(体力)、MP(魔力)、Lv(レベル)などがパラメーターとして数値化されます。HP、MPを全回復させるための宿屋での睡眠は冒険に欠かせません。
一方で、ドラクエの世界では日常生活で絶対に重要になる、生活に不可欠な何かがパラメーター化されていません。それは、空腹度です。
長い冒険において、洞窟の中をいくら歩き回ろうとも、ドラクエの世界では食事にありつくシーンは多くありません。
そんなRPGの世界でもし空腹が存在したら、というアイディアを楽しむのがこのダンジョン飯だと思います。
ダンジョン飯は、主人公ライオスの妹であるファリンを助ける、とする目的を中心に据えた物語でありながら、冒険途中の食事は欠かしません。
1話完結の回が多く、ギャグ漫画要素も強いです。
そのため、物語の大枠として、ある話では物語が大きく進み、そしてある話では物語よりも作者の発想を楽しむギャグ回、という構成になっています。
登場人物の種族の多様さと彼ら・彼女らの歴史、ライオス達の冒険が世界の小さな一部分であることの暗示、島・ダンジョンの現実・異世界の関係、と設定の細かさからいくらでも話が広げられそうですが、全部で14巻の漫画である今作は、話が難解になることなく簡潔にまとまっている印象です。
個人的には、これだけ入り組んだ設定やキャラクターの個性を最大限活用し、物語がさらに展開されるダンジョン飯も読んでみたかった気もしますが、あるキャラが物語を省略し語っているような描写からも、おそらく作者はあえてシンプルな話になることを意識されているのかなと思いました。
モンスター料理の楽しさ
物語が大きくは進まないギャグ回では、作者の発想が楽しめます。
ダンジョン飯では食物連鎖がキーワードの1つであり、出てくる魔物も生物の例外ではなく、ダンジョンの中で食物連鎖に組み込まれています。
主人公ライオスが率いるパーティーは経験値をためてレベルアップするために魔物を倒すのでは無く、食料を調達するために魔物を倒します。
魔物を調理する過程、最後のできあがりが欠かさず描かれ、魔物の調理の仕方には毎回作者の遊び心を感じます。
歩き茸というきのこのモンスターは足がきのこになっており、本体だけでなく、足も別のきのこ(独特の香りがするらしい)として食べられます。
ドラクエ定番モンスターのスライムは、天日干しをすると美味しい高級食材になります。
あのスライムすらも美味しそうな食材に思えてきてしまうその発想は、見てて飽きることなく、次はどんな食べ方をするのか、どんな料理になるのか続きが気になります。
ライオスの妹ファリンを助けるため、迷宮の深部へと近づくと話がシリアスなトーンに変わる瞬間もありますが、基本は楽しく賑やかな物語です。
当たり前を見直す
しかし、コメディーさの中に突然我に返るようなセリフが登場し、当たり前を見つめ直せるのも今作の魅力です。
例えば、ライオスはシュローという腕の立つ剣士と揉めるシーンがあります。
シュローはライオス達と同様にファリンを助けたい気持ちはありますが、その方法論を巡って2人は言い争いになっています。
ライオスはシュローを殴り倒しこう言いました。
1日3食しっかり食べて 睡眠をとっている俺たちのほうがずっと本気だった!!
6巻より
シュローは強い男として描かれていますが真面目すぎる面があり、僕達の世界で表現するならハードワーカーです。
シュローはファリンを助けるために食事や休みはあまりとらずにダンジョンを探索していたようであり、ライオスと言い合いをしている時は目の下に濃いクマができています。
そんなシュローをライオスは殴り倒し、しばらく殴り合いをした後、「どうだシュロー やはりここでは飯を食った俺の方が強い!!」と言い放ちます。
強くハードワークを怠らないシュローが、食事と睡眠をしっかりととっているライオスに倒されたように、どんな人物でも食事・睡眠なくしては良いパフォーマンスは出せません。
ファリンを救出するために寝ずに冒険をするシュローと、食事・睡眠を欠かさずに冒険をするライオスでは、前者の方が必死度は伝わるかもしれませんが、本気度ではライオスが上なのかもしれません。
僕達の世界では食事にもタイムパフォーマンスが求められ、コンビニに行けば仕事中に食べられるワンハンドフードが多く売られ、タイパ飯なるものもあります。
睡眠時間を記録できるアプリである、ポケモンスリープのプレイデータに基づいた調査によると、日本人の睡眠時間は世界七カ国で最下位の5時間52分だったそうです(参考)。
このように、食事や睡眠がおざなりにされがちな現代社会ですが、どんなに切迫した状況であっても、食べてない、寝てないは事態の好転へ助けにはならず、本気で何かを頑張りたいのならば食事と睡眠は欠かせないことが示されます。
時間を増やす方法
ライオスの仲間に、マルシルという魔法使いがいます。
マルシルは悪魔である翼獅子(今作のボス敵)に洗脳され、その流れで「全種族の寿命を伸ばしたい」が夢であると明らかになります。
自然の摂理を壊すような夢を諦めさせ、翼獅子の洗脳を解くために、共に冒険をしてきたライオス一行は、以下のように述べます。
ライオス「翼獅子の力を使わずとも、寿命を伸ばす方法をしってるはずだろう。それは、バランスのとれた食生活!!」
チルチャック「生活リズムの見直し!!」
センシ「そして適切な運動!!」
12巻より
このライオス達の説得により、マルシルは洗脳が解かれ仲間に戻ります。
マルシルは、全種族の寿命を伸ばし、短命な種族を長寿の種族に合わせることで、どの種族の人とも一緒にいられる時間を伸ばしたい願いがありました。
つまりマルシルの願いは、「仲間と共有する時間を増やしたい」と解釈できることから、「もっと時間が欲しい」と言い換えることができると思います。
この時間が欲しいために、現代人が切り詰めるのが上記で見てきたように食事であり睡眠です。
しかし、健康体でいるためには適切な食生活、生活リズム、運動は必要不可欠であり、また健康でいることは寿命を伸ばし、結果的に時間を増やすことになります。
時間がないからといって寿命を削り、寿命の前借りのような生活をするのではなく、健康でいることにより時間を増やす発想は、当たり前ではありますが見落とされやすい大事な考え方だと思います。
短絡的なタイムパフォーマンスに追われるのではなく、人生を長い目で見ることが重要なのだとライオス達のセリフから考えさせられます。
欲求と生物
食事は、生物にとって必要不可欠な条件として描かれています。不老不死になり食事が必要なくなった人間達も登場しますが、食事は摂取しないのにも関わらず、人間でいるために食事の準備は続けていました。
翼獅子として登場した悪魔は、別次元の世界から来た無限の存在でしたが、現実世界で人間などと接触したことで食事をとり始め、生物となりました。
この悪魔は食物連鎖がある生物の世界において、欲求との向き合い方についての反面教師になっています。
食が話の中心にある今作でライオス達は、食欲に身を任せ、無闇にモンスターを倒して食べることはしません。
食物連鎖の中で、欲張らないことは生きる条件だと何度も強調されており、ライオスは「過剰に食いすぎるものは滅びる定め」と言います。
食欲、つまり欲望と上手に向き合っているのがライオス一行の特徴です。
そしてその人間の欲望を膨らませることに長けているのが悪魔であり、悪魔は人間の欲望を掻き立て、欲望を食べたいという食欲を持っています。
無限の存在である悪魔は人を支配し欲求を満たし続けますが、欲求が完全に満たされることはなく、常に渇いている存在です。
しかし、食欲が生まれた時点で悪魔は生物となり食物連鎖に組み込まれ、最後は自然の摂理に沿ってライオスに食べられてしまいます。
ライオス一行の仲間であるイヅツミは最終巻でこう言います。
生きていくためにはなんでもかんでも好きにできないのだ…(中略)…本当にやりたいことは絞る必要がある
14巻より
作中で悪魔に欲求を抜き取られた人物が登場しますが、彼ら彼女らは食欲もなく、生きる気力すらもなくしていました。
生きるために食欲を含む欲求は必要ですが、一方で欲求を満たし続けられることはできず、欲求には節度を持って向き合わないと自らが破滅してしまいます。
ダンジョンを作り出した神に等しい、無限の存在であるはずの悪魔でさえ、自然界の食物連鎖に組み込まれた状態で欲求を制御できなくなった時、身を滅ぼしてしまいました。
このように食欲を通じて欲望を考え、欲望について、これもまた当たり前の向き合い方を教えてくれます。
余談ですが、食欲から派生して人間の欲求の話となり、その欲求へ食欲が生まれるのが悪魔であり、悪魔の食欲を食べたいという好奇心が生まれたのがライオスであり、最後は食欲ではなく戦いに勝ちたい、つまり生きたい気持ちからライオスは悪魔の肉体も喰らいます。
この食欲→欲求→欲求への食欲→好奇心→生存欲と、悪魔とライオスの欲求をめぐる攻防は興味深く、もう少し物語の展開を見たい気持ちもありました。
当たり前を問うアニメ・漫画
食事、睡眠、運動、適切な生活リズム、そして欲望についてと、当たり前なことを楽しみながらもう一度考えさせるのがダンジョン飯だと思います。
実の妹を魔物から助けたいとする、これ以上ないほどに緊迫した状況でも、ライオス達は真面目に食事をし、真面目に睡眠をし、真面目に健康体であり続けました。
健康でいるために節度を持って欲望と向き合い、欲望に囚われた悪魔さえ倒します。
ダンジョン飯を読み、「当たり前なことをなぜこんな何回も言うのだろう」と思った読者がいたら、おそらく十分に健康な方だと思います。
一方で、ライオス達の冒険とその生き様に何か思うところがあるのなら、まずはスライムの天日干しから始めるべきかもしれません。
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