思い出のザックジャパン-最強メンバーで挑むW杯と失敗

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2022年のW杯は大盛り上がりでした。

死の組と呼ばれるグループに入りながら、W杯優勝経験国であるドイツ、スペインを破ってのベスト16。

惜しくもクロアチアとのPK戦で敗れてしまいましたが、今までで最もベスト8に近づいた大会だったのではないでしょうか。

しかし、一部のサッカーファン、メディアからは「もっと攻撃的なサッカーを見たかった」という声が上がっているのも事実です。

今回のカタールW杯の戦い方は、前線からFWが守備を頑張り続け、後半からは選手交代で元気な人に走ってもらいカウンター、が主な戦術でした。

ボールを持ち、主導権を握る戦い方はできず、逆にボールを持たされたコスタリカ戦では敗北しています。

8年前。

「(攻撃的な)俺たちのサッカー」
2014年、ザッケローニ監督が率いる日本代表はザックジャパンという愛称で、攻撃的なサッカーを志向しW杯で戦いました。

「俺たちのサッカーをして世界を驚かせたい」選手は口々にそう言いました。

ただ、結果は惨敗。
一勝も出来ずに、「俺たちのサッカー」と揶揄されてザックジャパンの挑戦は幕を閉じました。

しかし、僕達のザックジャパンは大きな夢を見させてくれました。
あの時見せた一瞬一瞬の輝きは今でも色褪せず、ザックジャパンにロマンを感じていた人も多いのではないでしょうか。

僕もザックジャパンに熱狂していた世代の1人です。

実は、2022年のW杯でも元ザックジャパンのメンバーが活躍しています。

しかし2022年のW杯を機に、元ザックジャパンの選手がW杯で戦うのは年齢的にも最後だと思います。

そこで、思い出の中にある、あのロマンに満ち溢れたザックジャパンについて語りたいと思います。

なお、僕はサッカー経験もなく特に戦術に詳しいわけではないので、戦術的な話は他にお任せします。
本当は〇〇選手、〇〇さんと敬称をつけたいのですが、本記事では省略させていただきます。

ザックジャパンの結成

ザックジャパン発足直前のW杯、2010年W杯で日本は超守備的な戦術をとりました。

他国と比べ圧倒的に戦力で劣る日本は全員で守り、セットプレーでなんとか点を取って勝つというような、退屈な弱者のサッカーに徹しました。

この弱者のサッカーを改めようとして登用されたのが、ザッケローニ監督です。

イタリア人監督であるザッケローニは、次々と若い新戦力を抜擢し、ザックジャパンと呼ばれた日本代表は試合の主導権を握るようなパスサッカーを展開しました。

2010年10月、ザックジャパン初陣。
2022年W杯の優勝国でもある強豪アルゼンチンとの親善試合で、なんと勝利を納めます。

その後、アジア杯というアジアNo1を決める大会でも日本は優勝。

パスを繋ぎながら主導権を持ち、コンビネーションで崩すサッカーは日本が憧れていた強豪国のそれであり、観客も熱狂しました。

アジアカップで優勝するのは2大会ぶりであり、その後2015年、2019年のアジアカップではそれぞれベスト8、準優勝で終了しているため、ザックジャパンの勝負強さが分かります。

ザックジャパンの特徴は、選手を固定することにあります。

スタメンを固定し、アジア杯で優勝した時のメンバーが4年後にそのままW杯に出るようなチーム編成でした。

    前田
   (大迫)

香川  本田  岡崎

 遠藤  長谷部

長友 今野 吉田 内田

    川島

上記フォーメーションがスタメンであり、スタメン11人+清武がザックジャパンの主力です。

毎試合選手が入れ替わるのが代表の常のはずですが、良くも悪くも代表がまるでクラブチームのようになっていき、代表の試合=スタメン11人の試合となりました。

同じメンバーで戦うことで連携力を高め、美しい攻撃的サッカーを完成させていきました。

攻撃の中心は二大エース:本田、香川であり、2人のコンビネーションで相手を崩す様はサッカーファンを唸らせていたと思います。

スター性のある選手達

4年間、毎試合同じメンバーでは変わり映えせず退屈に思われるかもしれませんが、ザックジャパンのメンバーにはハッキリとした個性があり、何しろ華がありました。

ザックジャパンの大黒柱である本田。

競合国の屈強な選手を翻弄する若手エース香川。

愛嬌がありながら点を取りまくる岡崎。

代表試合最多出場記録を持つ天才パサー遠藤。

真面目で堅実な頼れるキャプテン長谷部。

1vs1で誰にも負けないディフェンスの長友。

いじられキャラの今野。

大型でパスも出せる日本で貴重なディフェンダー吉田。

アイドルのような端正なルックスでモテモテの内田。

最後尾で声を荒げる男らしい川島。

特にメディアに取り上げられていたのは、本田、香川、長友、内田、長谷部でしょう。

本田は久しぶりに現れた日本サッカーのスターであり、日本人離れした強気な言動や奇抜なファッションでメディアを盛り上げました。

長友はインテルというイタリアの世界的なビッグクラブへ移籍し、日本人ディフェンダーの歴史を塗り替えました。

内田はCL(欧州クラブNO1を決める世界最高の大会)で日本人初のベスト4という快挙を達成する確かな実力がありながらも、サッカーの活躍ではなく容姿端麗さで取り上げられ、日本サッカーの女性人気獲得に大貢献しました。

香川は2010-2012年の欧州を席巻し、間違いなく世界トップクラスの選手でした。代表戦では常に厳しいマークを受け、サッカー後進国の日本にいながらも、世界中からリスペクトされているのが伝わりました。

チームのキャプテンである長谷部はドイツで長く活躍し、選手としても人間としても監督からの信頼を感じさせました。

遠藤、岡崎は玄人好みのプレースタイルで、サッカーに詳しい人はみんなが好きになっていたでしょう。

サッカー好きな人もそうでない人も、夢中になれるようなメンバー構成がザックジャパンでした。

また、2010〜2014年は、2022年ほどメディアが多様化していない時代であり、代表戦の中継もテレビで放送していました。

そのため、テレビという共通のメディアを通じて日本一体となり、お馴染みのメンバーが揃うザックジャパンを応援していました。

強豪国との好ゲーム

世界のビッククラブでプレーする選手も出てきており、4年間で選手の成長、日本サッカー全体の成長が明確に見てとれたこともザックジャパンの魅力です。

ザックジャパン結成の2010年からW杯の2014年までの間で、日本サッカーは確実に強くなりました。

コンフェデ杯でのイタリア戦、パスワークで崩し切ったオランダ戦、赤い悪魔と呼ばれるベルギーへの勝利。

強豪国を相手に防戦一方だった今までとは打って変わって、ザックジャパンは攻撃的なサッカーで強豪国を苦しめました。

ディフェンダーである今野が果敢にドリブルし展開、遠藤がパスを捌き長友がピッチを駆け上がる。

本田が外国人選手との肉弾戦で勝ち、ピッチ上で誰よりも巧く俊敏な香川が魅せる。

本田・香川のコンビネーションで相手を崩して、逆サイドから岡崎が相手ゴールを強襲。

相手のカウンターは内田が独力で止める。

そんなシーンを何度も見ました。

「もしかしたら、日本が強豪国になれるかもしれない」

ザックジャパンが繰り広げた強気な試合には、2010年W杯で守り続けた日本代表の姿はありませんでした。

海外で活躍する選手達がリスクをとって、勇気を持って、世界を相手に対等に戦おうとする試合運びは、日本サッカーのレベルが飛躍していることを示していました。

香川を筆頭に日本人選手が海外で活躍することで、海外クラブが日本人選手に目をつけ、海外クラブへ移籍する日本人がさらに増える好循環ができました。

実際に、2010年南アフリカW杯では海外で活躍する選手が4人/23人でしたが、2014年ブラジルW杯では12人/23人が海外でプレーするまでになっていました。

唯一ワントップ(FW)だけは役者不在でしたが、柿谷、大迫という次世代エース候補がW杯直前に名乗りを上げ、スター10人+次世代エース柿谷&大迫でW杯への準備が進みました。

浮かび上がる問題点

しかし、徐々にザックジャパンの欠陥も見えてきます。

4年間、ほとんど変わらないメンバー構成でコンビネーションの練度を高め、強豪国相手にパスワークを展開。

理にかなっているように見えるザックジャパンの戦い方ですが、コンフェデ杯などで本気の強豪国を相手にした時、欠陥が明らかになります。

問題1:守備が弱すぎる

ザックジャパンは攻撃的に、勇気を持って戦います。

相手のゴール前に選手同士が密集し、パスワークで相手を崩そうとします。

DFでありながら、長友、今野は攻撃も得意とする選手です。

前線の4枚+遠藤+長友で押し込み点が取れれば良いですが、強豪国は簡単には崩れません。

オフェンスの途中でボールを奪われ、後ろには人が足りておらず、カウンターを受けて失点、というシーンが何度も訪れました。

問題2:交代選手がいない

毎試合メンバーを固定していることもあり他の選手が育たず、主力が怪我をした時、主力の調子が落ちた時、交代できる選手がいませんでした。

2022年W杯で、日本が交代枠を上手に使いながら勝利したのとは対照的です。

スタメン11人と控え選手に差がありすぎるため、11人の内誰かを欠くと大きな戦力ダウンになっていました。勝っている時も負けている時も、交代で出てくるのは常に中盤の選手である清武です。

例えるのなら、漫画スラムダンクの湘北のようでした。

湘北もスタメンは強いものの、控えはメガネくんしかいないため、どんなに三井が疲れようが交代できません。

短期決戦で消耗の激しいW杯において、交代選手不在は致命的でした。

問題3:FWの不在

日本代表で最後まで決まらなかったポジションは、ワントップ(FW)です。

誰が最後に点を取るのか、FWの使い方が曖昧なままでした。

攻撃の中心である本田・香川は、所属クラブではストライカーではなく、攻撃を組み立てる選手として活躍していました。

FW候補の柿谷、大迫は最後までチームにフィットしたとは言えず、経験のある大久保を2014年W杯で突貫的に招集することになりましたが、あまり上手くいきませんでした。

結局、チャンスは作るが点が入らないという、もどかしい試合展開が多くなります。

2014年ブラジルW杯での失敗

上記のような問題があったものの、2010年W杯からは選手のレベル、所属クラブの格が大幅に上がりました。

「W杯優勝が目標」と公言する選手もおり、誰しもが2014年W杯に期待していました。

しかし、全くチームの良いところを見せられず、結果はまさかの惨敗でGL敗退。

初戦で負け、2戦目で引き分け。
3戦目のコロンビア戦は、主力を温存した相手に1-4で敗れました。

納得出来ない結果で、一勝も出来ずにあっさりとザックジャパンの挑戦は終わりました。

なぜ上手くいかないのか、今までのようなプレーが見られず、「俺たちのサッカーができなかった」という選手の言葉がメディアでは嘲笑気味に報道されました。

大会前に主力選手の怪我や不調もあり、ザックジャパンの問題点が最悪の結果として本番に現れてしまった印象でした。

「なぜ問題点が明白でありながら準備を怠ったのか」と、ザックジャパンへの否定的な意見もありましたが、個人的には日本サッカーの人材の限界だったのだと思います。

2010年からの4年間で大きく成長した選手はいるものの、他の強豪国はサッカーの歴史も長く、交代選手で次から次へと有名選手を投入できます。

一方で日本は本調子でなかった香川の代わりはやはりおらず、攻撃的なサッカーをするためには、どのポジションにも選手が欠けていたのではないでしょうか。

攻撃的サッカーを志向した日本には皮肉なことに、この大会で誰よりも活躍したのは、大会直前に膝の大怪我をし、テーピングでぐるぐる巻きになったまま試合に臨んだディフェンダーの内田だったと思います。

「日本らしい俺たちのサッカーを見せたい」「主導権を握りたい」「W杯で優勝する」

試合前は意気揚々と語っていた選手達でしたが、試合後のインタビューでは全員がショックを隠せない様子で、無念のままザックジャパンは解散しました。

2018年ロシアW杯でのリベンジ

しかし、ザックジャパンは終わりませんでした。

4年後、元ザックジャパンの選手が中心になって、2018年W杯で意地を見せてくれます。

2014年W杯終了直後、W杯での疲れもあったのかザックジャパンの中心選手は全体的に不調に陥りました。

代表に選ばれない試合も増え、若手が台頭します。

2014~2018年にかけては日本サッカー混乱の期間であり、アギーレ監督がすぐに解任され、ハリルホジッチ監督が代表監督に就任するも、W杯を待たずに解任されました。

W杯直前の監督交代であり準備期間も乏しく、「この4年間は何だったのか」とメディアからは批判が相次ぎます。

しかし、W杯に向けて元ザックジャパンの面々は徐々に調子を上げ、2018年W杯のメンバーは11人/23人がザックジャパンで構成されました。

主力であった乾もザックジャパンに頻繁に招集されていたので、実質的には過半数がザックジャパンです。

ハリルホジッチ前監督のやり方を踏襲し守備的な戦術で臨むと思われましたが、日本はボールをしっかりつないで、ザックジャパンの戦い方と同じく攻撃的なパスサッカーを選択します。

チームの中心にいたのは、ザックジャパンのエース香川。

前回大会では活躍出来ませんでしたが、この大会の香川は日本代表に選出されて以来ベストな存在感を放っており、香川が違いを生み繰り広げる勇気を持った戦いは良い時のザックジャパンを彷彿とさせました。

初戦は前回大会、1-4で大敗した強豪コロンビア戦。

なんと日本代表は、因縁の相手に2-1で勝利しリベンジに成功、勢いに乗ります。

グループリーグで好ゲームを見せ、紙一重ではあったものの突破、決勝トーナメントではベルギーと対戦しました。

強豪ベルギー相手に2点を先制する奇跡の展開で日本優勢でしたが、その後2点を取られ、試合を振り出しに戻されます。

直後、交代選手で呼ばれたのは今大会控え選手として出場している、ザックジャパンもう1人のエース本田。本田は右サイドに入り、香川はトップ下でピッチに残りました。

今大会初めて香川・本田の共存であり、2人が同じピッチに立ったのはわずか20分ほどでした。

しかし、2人がボールを持つや否や、より細かいパスワークで相手を崩そうとします。

相手ゴール前で細かくパスをつなぎ、2人の関係性だけで相手をかき乱し、最後は本田がシュートを打ちました。

まさにザックジャパンの強さが世界の舞台に帰ってきた瞬間であり、あのベルギーを動揺させるコンビネーションから、ザックジャパンの4年間は間違っていなかったのだと思いました。

しかし残念ながら、帰ってきたザックジャパンは、ザックジャパンらしくカウンターで試合終了間際に失点してしまいます。

本田のコーナーキックをGKにキャッチされ、そのまま相手のカウンターが発動。

後ろには枚数が足りません。ザックジャパンで何度も見てきた失点の形でした。
2-3でベルギーに惜敗して、大会を去ることになります。

ただ、勇気を持った戦いで世界を驚かした日本代表へ、日本からだけでなく海外メディアからも賛辞が寄せられ、あるイギリスの記者は「日本とベルギーの試合はW杯のベストゲーム」と評したほどでした。

こうして負けこそしたものの、2018年W杯で日本は好ゲームを見せ、確実に世界を驚かせました。
ザックジャパンは、世界に通用したのです。

残念ながら前大会で活躍した内田は怪我に悩まされ、選出されることはありませんでした。

そんな内田がインタビューで、「なんでこの試合を2014年にやってくれなかったんだよ」と語っていたことは、4年に1回というW杯に挑戦するアスリートの儚さを感じさせます。

ザックジャパンと2022W杯

2022年、カタールW杯で日本代表は前述の通り番狂せを演じます。

元ザックジャパンの選手には引退した選手もいる中で、2022年W杯に選出されたメンバーは4人/26人が元ザックジャパンでした。

長友、吉田、酒井は主力として、熟練のディフェンスで強豪国のフォワードを押さえ込みました。

控えGKとして選出された川島は、ピッチ外でのリーダーシップを若い選手達が口々に賞賛しており、敗退が決まった後の川島自身の目には、スタメンとして戦った過去の3大会では見せなかった涙がありました。

一方で、本田や内田は解説者として2022年W杯を盛り上げます。

2010、2014、2018年W杯でキャプテンを務めた長谷部は、まだ現役の選手でありながら日本代表の練習試合にコーチとして参加しました。

選手としてではなくとも、日本代表が盛り上がっている時、その周辺には必ずザックジャパンのスター達がいたのでした。

ザックジャパンと今後の日本サッカー

まだまだ語るべきことはありますが、以上、僕達が熱狂したあの時のザックジャパンです。

近年は日本代表のテレビ中継も減り、メディアを盛り上げるスター選手の不在もあり、以前よりも一般国民からのサッカー人気は低迷しているように思います(実際に代表戦の視聴率は低下傾向)。

メディアが分散化する現代において、W杯ですら地上波で見る人・Abemaで見る人と分断があり、日本一体となってみんなが同じ画面を共有し、テレビの前で応援する機会も減ってしまいました。

僕達の代表は、気づくとコアなファンだけが知っているような、どこか遠い存在になってしまったように感じます。

2022年W杯を経験し、これから日本サッカーはさらに強くなるでしょう。

人材が豊富になり、ザックジャパンのような毎試合同じメンバーではなく、次から次へと若い選手が代表入りをしています。

ユースからすぐにプロになるエリート選手が多くなり、若くして海外移籍をする選手が大幅に増加しました。

久保選手のように、幼少期を海外のクラブチームで過ごすような選手も出てきました。

一方、ザックジャパンのスタメンはというと、吉田を除く全員が高校サッカー出身です。

香川に関してはJクラブ直属の育成組織に所属したこともなく、街クラブからそのままプロ契約を勝ち取りました。

確かにザックジャパンは欠陥だらけであり、2014年W杯は失敗だったかもしれません。

しかし、ザックジャパンには上手さだけはない、思わず応援したくなるような貪欲さ、人間らしさがありました。

そして今の若い選手たちが海外でプレーできているのは、ザックジャパンの面々が海外における日本人選手の評価を高めたことも一助となっているでしょう。

決してエリートではない11人が、荒削りでありながらも攻撃的なサッカーを世界の舞台で披露してくれたことは、2014年以降の日本サッカーに確実につながっています。

「何かとてつもないことをしてくれるのではないか」

華があり、個性豊かな11人が国を背負って戦っている時、そう夢を見させてくれたのは、やはりザックジャパンだけだったと思うのです。

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