メタルギアソリッドV グラウンドゼロズは、本編であるメタルギアソリッド V ファントムペインのプロローグとして、2014年に発売されました。
その翌年である2015年に、メタルギアソリッドV ファントムペインが発売されます。対応プラットフォームは両作品ともプレイステーション4/プレイステーション3/Xbox One/Xbox 360です。
発売は別れましたがどちらもMGSV(メタルギア5)であり、2016年には両作品を合わせて1本のタイトルとして発売されています。
メタルギアソリッドVはメタルギアシリーズの第9作目(ライジングを入れると10作目)であり、主人公はビッグボスです。
グラウンドゼロズはMGSPWからわずか1年後の設定であり、前作に登場したキャラクターが数多く登場します。ビッグボスの年齢は40歳です。ファントムペインでは、そこから9年間の昏睡状態を経て復活したビッグボスの戦いを描いています。
ファントムペインが発売される半年前に小島プロダクションは解散し、今作がメタルギアシリーズの最後の作品となりました。
テーマは「人種(RACE)」と「報復」。そして裏テーマとして「言葉(VOICE)」があります。
このテーマ通り、シリーズ作品の中でも最も重苦しい空気があり、とてもギャグシーンどころではありません。
また同シリーズで最初で最後のオープンワールドのゲームとなっています。
メタルギアソリッド4やピースウォーカーでは描かれていなかった、ビッグボスがアウターヘブン蜂起に至るまでの戦い、ゼロの意思、そして洗練されたゲームシステムと相まってシリーズ最終作が満場一致の最高傑作となるか…と思いきや、今作は未完成が疑われている作品です。
操作、遊び面の評価
序章であるMGSV GZは遊び方や機能が限定されており、シリーズに初めて導入されるオープンワールドのお試し版のようになっています。ただしそれでもインパクトは十分で、初めてMGSV GZを遊んだ日は「本編は一体どれだけの面白さになってしまうのか」と期待が膨らみました。
その期待をMGSV TPPは裏切らず、MGSPWの仲間集めと基地拡大はさらに充実し、オープンワールドの広大な地形を相手にどこからでも自由自在に潜入、CQCを筆頭にアクションの種類も豊富で、メタルギアというゲームの完成形でした。
携帯ゲーム機で発売したMGSPWはハードの性能の関係上か、操作方法や演出を上手に制限していましたが、今作は余す所なくこだわりが詰め込まれ、従来作品からの進化が数多くあります。
特には、リアルを追求している製作者の姿勢を感じました。MGSPWと同様に無線中にプレー画面が止まらないことはもちろん、時間や天候、敵兵の監視方法や行動もリアルタイムで変化します。決まりきった監視ルートを歩き、異常があったら少しだけ遠出するだけの敵兵達はもういません。物音がしただけで、当たり前のように無線で本部に情報を共有した後、異常を確かめに行く敵兵の厄介さと行動の自然さを前に、思わず笑ってしまう古参ファンがいたのではないでしょうか。
メタルギアシリーズでは装備を切り替える度に、どこからともなく銃火器がスネークの身体から出現するのはお約束でしたが、今作は背中に背負う大型銃器、腰にぶら下げるアサルトライフルとハンドガン、背中のナイフとポッケにいれた手榴弾までが装備できる限界です。RPG7(ロケットランチャー)とSVD(スナイパーライフル)とあれもこれも装備して…ということはできません。
もはやライフゲージすら画面上になく、徹底したリアリティに基づき、広大な土地でどこで誰に見られているかも分からないまま潜入する緊張感はシリーズ最高です。一方で難易度調整はされており、バディと一緒に潜入できたり、敵に発見された瞬間にスローモーションになり、危険フェイズへの移行前に敵兵を排除するチャンスとなる「リフレックスモード」があるため、過度な難しさは感じないでしょう。
MGSPWと異なり、マザーベース上をプレーヤーが歩き回り、人員や施設の拡大を肌で感じることができます。オンライン対戦のための前線基地 FOBも設置できます。ミッションで人や資源を集め、マザーベースが充実していく様はまさにメタルギア版あつもりでしょう。
オープンワールドが可能にする自由度、アクションの操作性、ゲームシステムはメタルギアシリーズの遊び方における1つの答えだと思います。このMGSVが答えを提示したが故に、メタルギアソリッドデルタ(METAL GEAR SOLID Δ)がオープンワールドではないことに落胆する意見も理解できます。
唯一、MGS4で大好評であったオンラインでの対戦がイマイチ盛り上がらなかったのは残念であり、オンラインサービスは2022年に終了しました。MGO2(メタルギアオンライン2)は大変な人気であり期待が高かった故に、静かに終了したMGO3には寂しさがあります。
メタルギア5 ストーリー解説
今作はいつものように長いムービーがなく、詳しいストーリーや設定の解説、マザーベースで起こっている出来事を知りたい場合は、ミッション中に回収するカセットテープを聞く必要があります。耳だけで物語への想像を巡らせるやり方はMGSPWと同じものの、ハードの性能が格段に上がっている今作もラジオドラマが主になるとは意外でした。
物語の設定は1975~84年ではありますが、ビッグボス達は明らかに21世紀をも超えうるテクノロジーや研究成果を握っています。そんなダイヤモンド・ドッグズのみなさんが、音声記録はカセットテープで残し、そのテープを未来の情報携帯端末iDROIDOで再生する姿はチグハグさがありますが、新旧の技術が融合したことで知れるテープの内容はどれも大変重要です。全て再生すると6時間は超える音声ですが、今作を深く味わうためには不可欠です。
以下ではカセットテープの内容も適宜参照しながら物語を見ていきます。
グラウンドゼロズ 要約、まとめ
まずは序章であるグラウンドゼロズの要約を紹介します。
- ピースウォーカー事件から1年後。ビッグボスが率いるMSFは世界中から求められる軍隊、抑止力となっていた。
- 行方不明になっていたパス(サイファーのスパイ)と、パスを助けにいったチコがキューバ南端の米軍キャンプに捕まっていることが発覚する。
- ヒューイが独断で受け入れたIAEA(国際原子力機関)からの核査察査察団との対応をカズヒラ達に任せ、ビッグボスはチコとパスの救出へ向かう。
- チコとパスを救出しヘリでマザーベースに戻ろうとするビッグボス。しかし、核査察査察団は全くの嘘であり、抵抗する間もなくマザーベースは崩壊していた。
- カズだけを助け、ヘリに乗りその場を離れる。目を覚ましたパスが体内にもう1つ爆弾があると告げ、ヘリから飛び降りる。
- パスがヘリから飛び降りた瞬間に爆発し、敵のヘリとも激突する。ビッグボスは瀕死の重傷を負い、カズヒラとともに病院へ運び込まれる。
復讐の鬼と化すファントムペインにつなげるためか、シリーズで最も過激で辛い気持ちにさせる描写が随所に見られます。
MGSPWで思わず見惚れる美しさでアイドルだったパスは、何度も拷問を受け変わり果てた姿になっており、その上、腹に爆弾を埋め込み人間爆弾にされています。爆弾を取り除くために、メディックが麻酔なしでパスの腹を切り手を入れる様子は思わず目を背けてしまいました。
エンディングに向けて、MGSPWであれだけ拡大させたMSFが崩壊し、パスは空中で爆発、ビッグボスが重症にと、悲惨な出来事が立て続けに起き、今作は暗い物語になることが容易に想像されました。
過去のメタルギア作品において、序章はプレーヤーを物語にのめり込ませるつかみであると同時に、高揚感を煽るような強い意気込みを感じさせてくれる位置付けだったと思います。前作のMGSPW序章では、ビッグボスが「核だ、コスタリカに核が運び込まれている」と言い放ち、プレーヤーは核発射を止める使命感を感じたことでしょう。
しかし今作では、あのビッグボスが敵の策略にまんまと嵌り、家であるMSFは仲間達と共に沈み、ビッグボスの任務であったパスとチコ(※)の救助も失敗し、とことん打ちのめされてしまいます。
※チコについてファントムペインで明かされますが、パスの爆発とヘリの墜落により死亡したことが、カズヒラとスネークの会話で明らかになっています。
さらに追い討ちをかけるように、一定条件を満たすことで上記で紹介したカセットテープが手に入りますが、その内容はラジオドラマだからなんとか収録されているような、もしも映像化されていたら発売できないであろうむごたらしいものでした。
このグラウンドゼロズは序章故に短い物語ではあるものの、復讐に目覚めるには十分な内容でした。
ファントムペイン 要約、まとめ
続いて本編であるファントムペインです。
- ビッグボスが9年の昏睡から目覚める。すぐに病院が襲撃されるが、謎の男の手引きによって多くの患者が犠牲になりながらも脱出する。
- オセロットと合流し助けられる。ヴェノム・スネークへとコードネームを変え(以下ヴェノム)、アフガニスタンで捕まっているカズヒラを助ける。
- MSF崩壊後、XOF襲撃から生き延びたカズヒラを筆頭にMSF残党が集り、傭兵組織「ダイアモンド・ドッグズ」を立ち上げており、ヴェノムがカズヒラを連れ戻しマザーベースに合流する。
- ダイアモンド・ドッグズは汚れ仕事を引き受け金や情報を得て、組織を拡大・発展させながらスカルフェイス率いるXOFとその背後にいるサイファーに復讐を狙う。
- 裏切り者疑惑のヒューイや、スバイ疑惑のクワイエットさえもダイアモンド・ドッグズに迎え入れ、組織は成長していく。
- 少年兵のリーダーであるイーライをマザーベースに収容。他の少年兵達と一緒に教育を与えるが、イーライは高い戦闘力と頭脳を駆使しヴェノム達に反抗を続ける。
- スカルフェイスの狙いは、生物兵器として改造した声帯虫で少数民族を解放し核を与え、あらゆる民族間が核抑止により対等となることで『世界を報復でひとつに』すること。
- ダイアモンド・ドッグズの総力戦で直立二足歩行兵器サヘラントロプスを破壊し、スカルフェイスを倒す。サヘラントロプスをマザーベースに持ち帰り設置する。
- イーライが超能力を持つ第三の子供と共に、サヘラントロプスを奪いヘリで脱走する。
- マザーベース内で声帯虫の変異種が蔓延。エピデミックが起こり、感染した仲間達をヴェノム自ら射殺する。
- ヒューイを裁判にかけ、敵と判決した後、マザーベースから追放する。
- 声帯虫に感染しているクワイエットが脱走。ヴェノムが救助しようとするが、クワイエットはヴェノムの窮地を救った後に音声メッセージだけを残し姿を消す。
- スカルフェイスが残した負の遺産である声帯虫との戦いが終わった後、全ての真実が明らかになる。
- ヴェノムは本物のビッグボスではなく、記憶を上書きされてビッグボスだと思い込まされた別の兵士であった。彼は9年前にビッグボスと同じヘリに乗っており、爆発によりビッグボスと同じく昏睡状態となり、ビッグボスよりも少し遅れて覚醒した。
- ビッグボスの命を救うため、ゼロ、EVA、オセロット、カズヒラが協力し病院への搬送や、ビッグボスの影武者を用意する作戦の立案・実行をしていた。
- ヴェノムを病院から脱出させた謎の男が本物のビッグボスであり、オセロットの手引きによりどこかへ向かった。
- ヴェノムは自分自身の記憶を取り戻した後も、ビッグボスのファントムとして、ビッグボスを演じることを受け入れる。1995年に起きたアウターヘブン蜂起の統率者がヴェノムであったことが示唆される。
ある施設に潜入すると声帯虫の実験で変わり果てた姿の人間達がいたり、ヴェノムが沢山の仲間を1人ずつ撃つトラウマミッションがあったりと、グラウンドゼロズから続く重苦しい空気は変わりません。
今やネットミームと化した、9年間の昏睡を伝えるシーンから始まり、プレーヤーが操作していたのはビッグボスではない、全くの別人であった、という真実が明らかになり終わる今作。
しかし、ヴェノムが本物のビッグボスではない伏線はあちこちに張られており、MGSV:TPPが始まった最初のミッションである病院から察することも可能です。そのため、衝撃というにはヒントが多すぎる上、突然明かされて突然物語が終了することで、肩透かしに終わったと感じるプレーヤーもいるかもしれません。
何か満たされずスッキリしない気持ち、モヤモヤが残る理由としては、今作は開示を受ける真実がごく一部だからかと思います。
メタルギアシリーズの構造として、どの作品もプレーヤー(=スネーク、又は雷電)は真実を知らされず、何も分からない状態で任務を遂行し、全てが終わった後に種明かしがされます。
今作も例に漏れず、プレーヤーとビッグボスのファントム(幻影)であるヴェノムは、サイファーへの復讐とサイファーが残した負の遺産を処理した後に、突然真実を知らされます。しかし、今回がいつもと異なるのは、分からないことが多すぎるままに終わる点です。
ヴェノムは「自分はビッグボスの偽者だ」と気づいたのはどうやら自力であり、ビッグボスが残した音声メッセージや、どこから入手したか分からない盗聴記録をこそこそ集めて、真実に近づきます。昏睡状態から目覚めたヴェノムへ情報を提供していたのはカズヒラとオセロットですが、彼らの口からヴェノムに全ての真実が伝えられているように見えません。伝えるべき情報を取捨選択し、時には脚色し、ヴェノムを誘導しているようにすら思えます。
そもそもヴェノムはただの影武者であり、カズヒラにとってはダイヤモンド・ドッグズを拡大するための象徴に過ぎず、オセロットにとってはビッグボスを守るための身代わりです。ダイヤモンド・ドッグズの実質のトップであるカズヒラとオセロットはヴェノムを利用したいだけなので、もし真実を伝えるのは各々の思惑上で不都合だと判断すれば、ヴェノムに明かす道理はないとするでしょう。
そうなると、本当にチコは死んだのか、本当にヒューイは黒だったのか、そもそも敵はスカルフェイスだけだったのかさえ分かりません。
さらに言えば、ヴェノムには頭に刺さって抜けないトゲなどによる後遺症で幻覚が見えてしまいます。何か特別な体験をしても、それは幻覚だったのでは、で済まされてしまうため、味方も自分さえも真実を解き明かす障害になり得ます。一次情報と二次情報、どちらも信用できず、誰かの嘘と策略にまみれたままメタルギア5は幕を閉じます。
今作はメタルギアサーガの最終作です。謎を残したまま、空白を埋めずにメタルギアシリーズが終了するのは小島監督の狙いであったのかもしれませんが、今までのメタルギア作品の物語と物語が明確に繋がり完結すると期待していたファンも多かったのではないでしょうか。
ただ、MGS5のタイトルはファントムペイン(幻肢痛)であり、ミラー達がもう存在しないはずの手や足、失った仲間や人生への痛みを原動力に復讐に走る物語です。しかし、その先には何もありませんでした。ビッグボスのファントム(幻影)が残されただけです。
MGS5は物語が唐突に終わったような印象を受けるかもしれませんが、復讐により何も起きず、何も達成できず、ファントムペインが残るだけ、ということが効果的に表現されているように思えます。
興味深い設定の数々
真実があやふやなこともあり、序盤で記述したように今作は未完成ではないかとする疑念がある作品です。
個人的な意見としても、点と点を用意してあとはつなげるだけ、という状態まで用意されているため、もう少し続きが見たかった気持ちがあります。
ただし、相変わらず面白い設定が次々に登場し、ゲームが進むにつれ期待が高まっていきました。
スカルフェイスは支配をなくし、世界を1つにする目的を達成するため、声帯虫、サヘラントロプス、メタリックアーキアを利用します。
声帯虫とは生物兵器として改造された寄生虫であり、特定の言語を話す者を宿主とし感染・発症させ、死に至らせます。さらに、その感染は人から人へ広がるため、狙った言語を話す人達を全滅させることが可能です。スカルフェイスは英語話者に感染する寄生虫である英語株を使用し、世界共通語である英語を根絶することで、言語による思考の支配を解体しようとしました。
メタルギアシリーズは世界を舞台にしながら、言語、外国語に着目された場面があまり多くありません。MGS3ではソ連兵やアメリカ人といった異なる母語を持つ者達が登場しますが、ビッグボスが見事なロシア語を扱うこともあり、言語の違いは意識せずに物語が進行します。余談ですが、MGSV:TPPの序盤、ヴェノムがロシア語を理解できないため通訳を探すミッションがあります。怪我のせいでロシア語が分からなくなったと一応の説明は受けますが、ビッグボスを知る人達からすると違和感がある場面だと思います。
話を戻すと、今作は機械や遺伝子といったSF的な話だけでなく、言語・外国語に焦点を当てる珍しいメタルギア作品となっています。母語による思考様式の違いや、言語と民族意識の関係、リンガ・フランカというちょっとした専門用語は、人文科学系の風をメタルギアに吹かせてくれました。
僕は言語学を専門とする教授の研究室に以前所属していたこともあり、言語学界隈の人が声帯虫の設定を聞けば頬を緩めるだろうなと思いました。声帯虫に言語を覚えさせる際、スペイン語とポルトガル語は言語距離が近いことから、スペイン語を学習させた声帯虫から突然変異でポルトガル語を覚えた個体が生まれる、という話は学術知とファンタジーが混ざり合い説得力がありました。
ゼロは英語の浸透を推し進めており、思考を英語にし意思の統一を狙ったことが、スカルフェイスの反逆心を駆り立てました。言葉と思想、言葉と価値基準といったテーマに興味を持った方は、ソシュールの本を読んでみると良いかもしれません。
次にサヘラントロプスについてです。700万年前に存在していたとされる霊長類の種を由来とする、この直立二足歩行兵器は、お馴染みの歩く大型兵器であり一見すると目新しさはありません。ただ、よくよく話を聞くと他のメタルギアのように核を発射できるわけではなく、自爆することで核弾頭の代わりとなります。
また、作中では第三の子供の超能力により無理やり動かされていたものの、大人が操縦もできず無人兵器でもなく、本来は動くはずのない見かけ倒し兵器です。今作ではメタルギアを超える兵器として声帯虫が本丸であり、サヘラントロプスは世界の核需要を刺激するための広告のようなものでした。シリーズの看板であるはずの大型二足歩行兵器のぞんざいな立ち位置は、今作ならではの奇抜さがありました。
最後に、メタリックアーキアも面白い設定です。メタリックアーキアとは濃縮ウランを精製する微生物であり、上手に利用することで法の穴を通り抜け誰でも簡単に核を作成できます。さらに、スカルフェイスは核発射が可能な小型二足歩行機であるウォーカーギアも量産していました。もしスカルフェイスの企み通り、メタリックアーキア、ウォーカーギア、そして核作成のノウハウが世界にばらまかれ、個人が核を持つ時代を作られていたら対処のしようがなくなるため、ある意味で従来のメタルギアよりも厄介だったかもしれません。過度に大きな機体よりも小型の機体が効果的というのも、どこか現代的でした。
スカルフェイスはザ・ボスの「世界を1つにする」思想を歪んだ形で継承し果たそうとした1人です。生物兵器として改造した声帯虫により少数民族を解放し、直立二足歩行兵器サヘラントロプスを世界に標榜し核需要を高め、手軽に核を作成・発射できる仕組みを世界に拡散することで冷戦の復活を描いた緻密なシナリオと、それを支えた声帯虫、サヘラントロプス、メタリックアーキアの存在は物語を大いに盛り上げました。
未完成説を決定づける『蝿の王国』
MGSV: TPPは第1章、第2章と分かれており、第2章はストーリー性が薄くミッションの内容も変わり映えしません。回収しきれていない伏線もあります。
上記のように、ここまで充実した設定があるため、もっと活かし方があったのではないかと思ってしまいますが、特に未完成説を強めたのが本編には収録されなかった幻のエピソード『蝿の王国』です。
これは初回限定に付属している特典映像に収録されており、実はトレイラーでもそれらしき映像がありました。内容は脱走したイーライのその後を描いており、本編で残した謎が一部払拭されるような話です。また、本編では紹介だけがあり役目のなかったヴェノムの色覚障害の設定が活きており、第三の子供が回収して行方が謎となっていた最後の英語株も登場します。
他にもイーライの振る舞いや要求がシャドーモセスを彷彿とさせていたりと、内容を知れば知るほど本編でプレーしたかったと思ってしまいます。
また、第三の子供も『蝿の王国』では登場します。ファントムペインの序盤から、ヴォルギンの亡霊である燃える男がヴェノムとビッグボスを追い詰めます。超人的という言葉までも飛び超えた、理解の及ばない存在を生み出していたのは、超能力を持つ第三の子供でした。
物語の要所に登場し、動かないはずのサヘラントロプスを動かし、今度はイーライに乗り移りかき乱します。対処の仕方が分からない第三の子供の圧倒的な力は、序盤の病院から常にヴェノム達の行方を握り今作の鍵となる存在でもあった一方で、あまりにも信じがたい能力は何でもアリな印象もありました。
細かい設定とその説明が充実しているメタルギアシリーズであれば、もう少し第三の子供についても知りたかったところです。『蝿の王国』ではイーライと第三の子供とのやり取りもありそうだったので、もし本編に収録されていれば第三の子供への納得感が増したかもしれません。
なお、メタルギアオプスではソ連でESP能力(超能力)が研究されている話があり、実際にESP能力を操る者も登場したため、メタルギアオプス正史と仮定すれば、第三の子供への理不尽さを受容しやすくなるかとは思います。
ファントムペインで「ソ連の超能力研究にヴォルギンが死後運び込まれた」と話を聞きますが、オプスの世界線を知っていると話がつながります。
カズヒラ・ミラー
復讐に燃えるカズヒラは、喪失を経てMGSPWとは人が変わってしまいました。そして今作のテーマを象徴するキャラクターです。
ビッグボスと全裸で殴り合う、お茶目で明るいカズヒラはもうおらず、敵を定め憎しみ、外敵がいなくなれば味方を敵にし憎しみを絶やしません。あれほど敬愛していたはずのビッグボスまでも討つつもりだとオセロットに宣言しています。

資金と人材、情報を集めるため、世界中のウェットワークを次々に引き受けるカズヒラと彼が率いるダイヤモンド・ドッグズは、戦争を商売とし、ヒューイが言う通り「ただのテロリスト」「ただの人殺し」と変わらなく見えてしまいます。
復讐に燃え、なりふり構わず果たそうと世界中の紛争に介入し、結果として復讐の火種をあちこちへ蒔いています。MGSPWでビッグボスと理念を掲げ、作ろうとしていたOUTER HEAVEN(アウターヘブン)からは離れていると思います。
ヴェノムにクワイエットを撃てと言い続け、ヴェノムがクワイエットを連れて帰ってきた時はヴェノムにまでも銃を向け、最後までクワイエットを信用しませんでした。声帯虫の感染がマザーベースで起きようものなら、感染源はクワイエットと証拠なしで断定しています。
ヒューイのことも責め続け、厳しい尋問も行いましたが、結局証拠はいくらでも加工できそうなママルポッドの音声のみでした。それも、マザーベース襲撃とは全く関係のない証拠です。
確かにヒューイの言動は一致せず、支離滅裂です。メタルギアソリッド2のオタコンからの話を聞いても、ヒューイは気が狂っているように映ります。ただし、前述の通りヒューイのダイヤモンド・ドッグズ評は的を射てはいます。ヒューイだけでなく、カズヒラの精神も戦争により壊れていたのかもしれません。
コードトーカーにカズヒラがハンバーガーを作る、ギャグ音声記録が思い出したかのように収録されていますが、もう手遅れであり、全く笑えませんでした。
ただしビジネスの腕はやはり一流です。MGSPWで築いたMSFを真似したプライベートフォースがファントムペインの世界では乱立していたことからも、カズヒラのビジネス感覚が新しい時代、戦争経済を作っているとも言えます。しかし、その戦争でカズヒラの人生は壊されてしまいました。
今作は、寄生虫にちなんで「寄生」という言葉が、「英語が世界に寄生している」のように様々な文脈で頻発します。
カズヒラはMGSPWではサイファーに寄生し、サイファーとビジネスの関係を結ぶことでMSFを成長させました。MGSV:TPPでは本人が言うように、「復讐に寄生され」突き動かされています。マザーボードに寄生する敵がいると、味方を疑い続けます。
コードトーカーは、「感染症、寄生虫。そういった外敵を喪った免疫系は自分自身を攻撃するようになる。アレルギーや自己免疫疾患のように。組織もまた同じだ。」と語っており、この組織はカズヒラが率いるダイヤモンド・ドッグズのことを暗に指しているように捉えられます。
カズヒラはかつて寄生し寄生され、今では寄生を許さず共生も受け入れない人物となり、本作のキーワードの1つである「寄生」を体現しています。
オセロット
今作のオセロットはいつものようなスパイではなく、本来のオセロットの人格が垣間見えます。

ビッグボスへの軽い憧れではなく、深い尊敬が言葉や所作の節々に溢れており、ビッグボスを思う気持ちが最も直接的に表現されているのが今作です。
MGS:TPPの時期には、アフガンのゲリラ達の間でシャラシャーシカというあだ名が定着しており、戦闘力だけでなく拷問のスペシャリストとして恐れられていました。MGS3をプレーしオセロットの若き頃を知った時、なぜMGS1、MGS2では拷問のイメージが強いキャラクターになっているのか、つながりが見えていませんでした。
MGS:TPPでは大衆の間で噂やイメージが先行していることに対して、偽りの立場を演じてボスを守る自分にとっては好都合だ、のような趣旨を語っており、全ての偽りはビッグボスへの敬愛故だと察することができます。
敵として登場すると厄介極まりないオセロットでしたが、今作はシリーズで唯一味方として登場し、ヴェノムとビッグボスを影で支える頼れる存在です。すぐに極端な意見に振れ、熱くなるカズヒラと対照的に冷静沈着で、カズヒラの暴走を止めながらヴェノムを導きます。
ヴェノムが自身の記憶との矛盾に気づきそうになると、「困惑してるな」と強引に記憶書き換えてくるのはご愛嬌です。
そして今作のオセロットは名言を数多く生み出します。ヒューイを尋問し問い詰め、こう言い放ちました。
お前は今でも幸せだ
相手によって嘘を変え、隙間だけで生きている
都合のいい真実を重ねて、それももう気にしなくなっている
だがお前が一番幸せなのはそんな自分にお前自身が気付いていないということだ
嘘を生業としてきたオセロットだからこそできる、ヒューイの人格分析だと思います。
他にも、「真実は語り継がれた瞬間から物語になる」というセリフも、昏睡状態から目覚め人からの伝聞情報を元に行動しているヴェノムを含意しているようにも感じました。
また、カセットテープにはビッグボスがオセロットのことをジュニア(ザ・ボスの息子)と呼ぶ音声が収録されています。オセロットがザ・ボスの息子であると明言されたのは、メタルギアシリーズで初めてです。ビッグボスがオセロットとザ・ボスの母子関係を認識している点にも驚きました。
ビッグボスがスネークイーター作戦で救ったオセロットという命が、実はザ・ボスの宝である息子だと知った時は、さぞ嬉しかったのではないでしょうか。
ゼロ
個人的に、今作で明かされた真実で最大の喜びは、ゼロはビッグボスのことを大切に思っていたことです。スカルフェイスの行動は全て彼の独断です。
ゼロはシリーズを通じて度々黒幕と見なされる存在です。MGSV:GZの時点では、マザーベースを襲撃させた首謀者はゼロだとも言われていました。全ての真実を明かし物語を閉じる役目を担ったメタルギアソリッド4において、ビッグボスは「ゼロが私を憎かったのか、分からない」と言いました。
スネークイーター作戦であれほど親密だったゼロとビッグボスの対立は、MGS3を好きなファンにとっては悲しみが深かったと思いますが、今作では明確にゼロがビッグボスを「友」と呼び、愛情を示しています。スカルフェイスの攻撃を受け倒れる直前にも「ジャック」と呟いており、心の底からビッグボスを思っていました。
その愛情が歪み、恐るべき子供達計画につながってしまったのかもしれませんが、ゼロとビッグボスは元来はザ・ボスの意思を継ごうと志を同じくする仲間であったはずです。
メタルギアファンにとってゼロの声が聞けるのもMGS3の発売日以来、つまり11年ぶりであり、スネークイーター作戦で何度も耳にした無線と変わらぬ声色に感動した方も多いのではないでしょうか。さらに、ビッグボスを守るためにEVA、ゼロ、オセロットが再度協力し合っていたことも明らかになりました。スネークイーター作戦で生まれた絆や腐れ縁のようなものは決して途絶えていませんでした。
もし、スカルフェイスの攻撃によりゼロの脳に支障がもたらされなければ、ビッグボスの覚醒後に元気なゼロと再会できていたかもしれません。そうすれば、対話を通じて、ゼロとビッグボスの対立や争いが世界にもたらす災いは生じなかったかもしれません。眠っているビッグボスに優しく話しかけ続けるゼロの音声を聞けば聞くほど、どこかで2人がやり直す道はなかったのかと思ってしまいます。
ゼロはこの頃、情報統制による支配、つまり程よい刺激を与え敵は作らず、自分も攻撃させず、無意識の内に世界を1つにする代理AIシステムを完成させようとしていました。人々の判断を誘導するためのAIを作り、シギントがAI管理プロジェクトを任されています。そのプロジェクトの名前が愛国者達であり、メタルギアソリッド1,2,4の物語の萌芽が見られます。
プレーヤーとビッグボス
メタルギアシリーズの特徴として、プレーヤーとスネークが一体となる仕組みがあります。
今作はなぜかゲームが始まった直後にプレーヤーのアバターを設定するよう求められます。そして、その作りこんだアバター、つまりプレーヤー自身が実はヴェノム・スネークであるとする仕掛けです。
プレーヤーはスネークとの共犯関係に留まらず、完全にビッグボスに成り切ることが求められます。

つまり、ダイヤモンド・ドッグズの成長のみならず、アウターヘブン蜂起から始まるソリッド・スネークの物語といった、メタルギアシリーズの物語全体をプレーヤー自身とビッグボスが作ってきたことが示される演出となります。
銃を握り、時に正義も悪もない戦い続けた男は、遠い伝説の英雄ビッグボスではなくて、プレーヤーだったのです。
MGS2で雷電を主人公にしたのとも近い狙いがあるでしょう。
たとえ与えられた任務に過ぎなくても、カズヒラやオセロットに操られていたとしても、そして、ゲーム制作者が作った枠組みの中であっても、このメタルギアシリーズを通じて得た経験や感情は全てプレーヤーのものであり、ビッグボスの物語です。
ここまで、僕がビッグボスとしてMGSVをプレーし思ったことを書いてきました。しかし、物語の解釈、経験した内容や湧き出た感情はそれぞれのビッグボスにより異なるものだと思います。ビッグボスが同時に何人も存在する以上、1つの閉じた物語はありません。
そして、ビッグボス達が織りなすメタルギアサーガは決して終わらず、終わらないことを示した最終作がMGSVだったのでしょう。
この物語(サーガ)も伝説も俺達で創った
ありがとう友よ
これからはお前がビッグボスだ